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体験談

CASE4:人前で意見を言うのが苦手、 性格だからと諦めていた私 (年齢退行)

 

私は他の人と違うのではないか?
とふと気がついたのは、中学校も終わりの頃だったでしょうか。

当初は、授業で自分の意見を自由に発言できない程度だったのが、先生にいつ指名されるかと思うと緊張のあまり授業に集中できなくなるに及び、「引っ込みがちで人前で物をいうのが苦手な性格だから」と簡単に片付けられなくなっていきました。自分の意見を自分の言葉で言えず、誤解を生んでしまう辛さは厳しいものがありました。

そんな自分の性分も、「働けばなんとかなるだろう」と思っていましたが、この傾向は社会人となって変わりませんでした。むしろ、より症状が悪くなっていった気がしていました。当時、交際していた彼や友人との関係でも何度、辛い思いをしたか分かりません。言葉が足りないために生じる誤解や疑念。「もっと君のことを知りたかった」という言葉で彼との関係が終止符を打たれるに及び自分自身の課題と向き合おうとごく自然に決心できました。

自宅から近くて女性のセラピスト、とHPを検索していく中で知ったヤザワインターナショナル。何から手をつけていいかまったく分からない中で初回カウンセリングの予約をとり、迎えた初セッション。深く深呼吸を重ねリラックスした状態で思うことを私なりにぶつけました。いままで言葉足らずで損をしたことが次々と思い出され、涙が溢れてきました。ごく自然に、言葉が口に出てくるのには驚きでした。1回目のセッションはカウンセリングで修了。2回目からヒプノセラピーを使って催眠へとなりました。

 

なぜか思うように行かない、そこには心の問題が存在している。

呼吸を楽にして横たわり、矢澤先生誘導のもと、深い催眠へと誘われていきました。そこには、幼かった頃の私と教育熱心な母親がいました。高齢で出産し、念願の子供だった私に期待を寄せる母親と、その期待を感じながら中々思うようにいかない幼い私の姿です。「あれをしなさい」「これをしなさい」と指示をする母親と、それに戸惑う私の姿。最初は、「母親らしい人」といった漠然とした形でしかイメージができなかったのが、序々に当時の家族の雰囲気や父親や兄弟の姿までが次々と連鎖しながらリアルに思い起こされてきました。

母親の期待に答えたい、ただしそれは困難だ、と理解した時、幼い私がとった手段ははじぶんが口数すくなくなることでした。母親との余計な衝突は避け、自らの意見を封じてまで母親と迎合することで、家庭内の居場所を確保していたのでしょう。数回目のセラピーの時に矢澤先生が「生きにくく辛い、なぜか思うようにいかないということには必ず心のレベルで問題が存在する」と語られていました。いままで「性格」という言葉で自分の問題を遠ざけていた自分に気がつくと同時に、課題と正面から戦っている自分が愛しくなりました。

セラピーを受けて半年。序々にですが自分の意見を主張できるようになってきています。それとともに変わってきたのが周囲の反応。特にここ最近、母親との関係が良好なのには自分でも驚きを通り越して不思議な感覚さえしています。「自分が変わる事は他人をも変えること」それを強く感じています。 

 (東京都 M.Tさん  30代女性)

 

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